日本ビジネス法講座 SERIES 2-08「会社法上のトラブルと予防策」リリースしました。
SERIES 2-08: 会社法上のトラブルと予防策
海外企業から見ると、日本の会社法は「形式」と「手続」を重視する点に大きな特色があります。自国の制度をそのまま前提にして日本で事業を始めると、想定外の損害賠償請求や決議の取消しなど、事業の継続に直結するトラブルに直面することがあります。
本記事では、海外企業が特に誤解しやすい「日本法に特有の論点」を、①取締役の解任、②株主総会決議の瑕疵と是正手続、③印鑑の管理、の3つに絞り、具体的な事例とともに解説します。
1.取締役の解任 ― 「いつでも解任できる」が損害賠償を伴う
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(事例)方針対立を理由に代表取締役を解任したところ、損害賠償を請求された 海外企業Aは、日本子会社の代表取締役Bを、経営方針の対立を理由に株主総会の普通決議で解任した。ところがBは「正当な理由のない解任だ」として会社を提訴し、裁判所は残任期分の報酬相当額の賠償を命じた。解任自体は有効だったが、会社は想定外の金銭的負担を負うことになった。 |
(1)解任は「いつでも」できるが完全に「自由」ではない
日本の会社法では、取締役は株主総会の普通決議によりいつでも解任できます(会社法339条1項)。この点だけを見れば、過半数の議決権を握る株主にとって解任は容易に見えます。しかし、正当な理由なく解任した場合、会社は解任された取締役に対して損害賠償責任を負います(会社法339条2項)。賠償額は通常、残りの任期中に得られたはずの報酬相当額とされ、任期が長く残っているほど高額になります。「解任できること」と「無償で解任できること」は別問題であり、ここが海外企業の見落としやすい点です。
(2)「正当な理由」の範囲は限定的
正当な理由として認められるのは、心身の故障による職務遂行の困難、法令・定款違反、職務上の著しい不適任など、客観的な事情に限られます。単なる経営方針の相違や信頼関係の喪失だけでは、正当な理由とは認められないのが一般的です。したがって解任を検討する際は、正当な理由を裏付ける事実を事前に記録・整理し、任期満了のタイミングも考慮しておくことが有効な予防策となります。
(3)解任議案が否決された場合の「解任の訴え」
逆に、不正行為のある取締役を解任したくても、当該取締役自身が多くの議決権を握り、解任議案が株主総会で否決されてしまうこともあります。この場合でも、一定の要件を満たす少数株主は、裁判所に対して取締役の解任を請求できます(会社法854条・解任の訴え)。多数決だけでは解決できない対立を訴訟手続で是正できる点は、日本の会社法の特徴の一つです。
2.株主総会決議の瑕疵 ― 「無効」ではなく「取消訴訟」で争う
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(事例)招集手続の不備を理由に決議が取り消され、予定していたM&Aが白紙に 海外企業Cは、日本子会社の株式の大半を保有していたため、株主総会は形式的なものと考え、20%を保有する日本人少数株主Dへの招集通知を怠ったまま、株主総会で予定していたM&Aを承認した。議決権の上では可決されていたが、Dが招集手続の瑕疵を理由に決議取消しの訴えを提起し、裁判所は決議を取り消した。 |
(1)瑕疵ある決議は「当然に無効」になるわけではない
海外企業が誤解しやすいのは、「手続に瑕疵があれば決議は当然に無効になる」という点です。日本法では、瑕疵の種類に応じて争い方が分かれます。招集手続や決議方法に法令・定款違反がある場合は決議取消しの訴え(会社法831条)、決議の内容自体が法令に違反する場合は決議無効確認の訴え(会社法830条2項)、決議が存在するとは評価できないほど重大な瑕疵がある場合は決議不存在確認の訴え(同条1項)によります。
招集手続の瑕疵は、このうち「取消し」の問題です。重要なのは、取消しの訴えを提起し取消判決が確定するまで、その決議はいったん有効なものとして扱われるという点です。しかも取消しの訴えは、決議の日から3か月以内に提起しなければならず、この期間を過ぎると瑕疵があっても争えなくなります。したがって、瑕疵を主張する側は期間内に訴訟提起する必要があります。
(2)適法な招集手続のポイント
決議の取消しを避けるには、招集手続を形式面まで正確に踏むことが重要です。基本となるのは、①議決権を有する全株主に対して通知を発すること、②公開会社は総会日の2週間前(非公開会社は1週間前)までに発すること、③通知に議題(目的事項)を明確に記載することです。特に①は、一部の株主への通知漏れがあると、たとえ多数決で可決されていても取消事由となり得るため注意が必要です。過半数を握っていれば手続の瑕疵は問題にならない、という発想は日本では通用しません。
なお、通知の方法について、取締役会設置会社では招集通知を原則として書面で発しますが(会社法299条2項)、株主の承諾を得ていれば電磁的方法(電子メール等)による通知も認められます(同条3項)。あらかじめ株主から電磁的方法による受領の承諾を得ておけば、招集通知をPDFで添付してメール送信することも実務上は可能です。逆に、承諾を得ないまま、あるいは上記の期間・記載事項を満たさないままメールで済ませると瑕疵となります。
3.印鑑・銀行印の管理 ― 物理的な「鍵」が事業を止める
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(事例)代表取締役が実印・銀行印を持ったまま辞任し、会社の実務が停止 代表取締役Eが、会社の実印・銀行印を保持したまま辞任した。その結果、登記申請や重要契約の締結、銀行取引ができなくなり、会社の実務が一時的に停止した。物理的な印鑑が一人の手に集中していたことが原因であった。 |
(1)日本特有の印鑑文化
日本では、契約締結・銀行取引・行政手続などの場面で印鑑が重要な役割を果たします。特に法人の「会社実印(代表者印)」は法務局に届け出て登記申請等に用いられ、銀行取引には「銀行印」が使われます。印鑑は物理的な「モノ」であるため、これを保持した者が離脱すると、会社が重要な手続を行えなくなる事態が生じ得ます。なお、近年は商業登記のオンライン申請において印鑑の届出が任意とされるなど「脱ハンコ」の動きも進んでいますが、実務上は依然として印鑑が広く利用されており、その管理体制を整えておくことは不可欠です。
(2)内部ルールとしての印鑑管理
会社法は印鑑管理を直接規律していませんが、その保管・管理の方法等については、内部統制システムの一内容として定めておく必要があります。(会社法362条4項6号)。すなわち会社は印鑑の管理方法について明確な内部ルールを設ける必要があります。
海外企業が日本で事業を行う場合、以下のルール整備が不可欠です。
・印鑑の保管場所とアクセス権限の明確化
・代表者交代時の引継ぎプロセス
・銀行取引の権限管理
・内部統制としての文書化
4.まとめ
日本の会社法は、①解任に伴う損害賠償、②決議の瑕疵を争う訴訟手続、③印鑑という物理的な管理対象など、海外の制度からは見えにくい「形式と手続」に特色があります。これらの特有の論点をあらかじめ理解し、社内規程の整備や専門家によるサポート体制を構築しておくことで、想定外のトラブルを大きく減らすことができます。
おわりに
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